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苔の研究レポート

001 こけのQ&A

 コケに関する質問や問い合わせが数多く寄せられます。
できるだけ適切に答えたいと思っていますが、同じような質問が繰り返し寄せられることもありますので、質問と、苔神の応答を公開することにしました。
 同じような疑問や不安をお持ちの方は、参考にして下さい。

■質問: 11/11/07
はじめまして、私は富山県の造園会社のTと申します。
スギゴケの育て方について教えて頂きたくHPを拝見してメールさせて頂きました。
弊社に問い合せ頂いたお客様のお宅でスギゴケが育てられているのですが(施工は別会社)施工から2年ほど経過し、スギゴケが成長し、伸びて倒れていたりなど見た目に見苦しい状態になっております。
これをよい状態になるように管理したいのですが、どうするのが適切でしょうか?
現場の写真を添付させて頂きます。
苔の種をまいて補修するのがよいでしょうか?
アドバイスいただければ大変ありがたく、よろしくお願いいたします。
 
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■応答
メール拝受しました。
添付写真を拝見しました。

 ウマスギゴケかと思いますが、一見して、倒伏現象が発生しています。
施工後2年経過とありますので、本来なら、コロニーの中から今年の新株が多数発生しているはずですが、写真ではほとんど見られません。

 スギゴケは1本の株が年に3~5センチほど伸びて、4年も経過すると茎高が10センチ以上になり、倒伏します。スギゴケの倒伏現象は、伸びた茎の下部が徐々に枯れて行き、土壌化するというスギゴケの性質によって起こるものです。スギゴケが倒伏すると、コロニーが壊れて保湿空間が失われ、過乾燥を招き、やがて枯死に至ります。スギゴケの倒伏枯死現象は人工移植だけではなく、自然環境下での繁殖地でも見られますが、小生の経験では、人工移植の庭のほぼ100%で発生する現象です。
 スギゴケは土中に仮根層を発達させて、毎年、新株を発生します。この新株が、旧株の隙間を埋めることで、倒伏を防止する機能を果たしている、と考えられます。倒伏枯死現象が発生した現場での人工移植のスギゴケでは、この仮根層がほとんど発達していません。何故、人工移植のスギゴケの仮根層が発達しないのか、原因はまだ分かっていません。

 倒伏現象が発生したスギゴケのコロニーを、健全なコロニーに改善するには、土中に仮根層を形成するように処置するのが最善なのですが、どうすれば、仮根層を育成することができるのか、スギゴケの生態的な研究が未解明なので、正確な対処法は不明です。ただ、小生の実験では、スギゴケの種を播種して育てると、2年ほどで仮根層を形成し、毎年、新株を発生するようになることが分かっています。

 スギゴケの栽培、管理の方法としては、まず、土中の仮根層を育成することです。仮根層が発達すれば、毎年、新株を発生するようになりますので、茎高が伸びすぎた古い株を冬季に刈り込んでやり、倒伏現象の発生を防止します。刈り込んだ古い株は立ち枯れしますが、翌春には新株が伸びて緑葉を発達させて、コロニーを維持することができます。俗説として、スギゴケを刈り込む管理方法が言われていますが、仮根層が発達していないスギゴケを刈り込むと、翌春、全滅する可能性があり、危険です。

 スギゴケの仮根層を形成する手段として、スギゴケの種をコロニーの土中に播きこんでやる方法があります。追い播き法といいます。スギゴケのコロニーの中で播きゴケ法を行い、同時に仮根層を育成する方法です。1年ほどで、仮根層が形成され始め、2年目以降、新株が発生してきます。(うまく行けば、冬季に追い播きをして、翌春には新株が発生することもあります。)
 ただし、スギゴケの仮根層は地面下5センチほどの深さで発達するようです(日本蘚苔類学会の研究報告です)ので、現場の地盤が問題になります。小生の経験では、山砂を使用した基盤土で、倒伏枯死現象が数多く見られます。果たして、山砂の基盤土が仮根層の発達の障害になっているのかどうか分かりませんが、少なくとも、山砂は排水性が良く、水分を好むスギゴケには少し難があるように思います。。
 スギゴケはどちらかといえば、腐葉土層や、水分供給のある山土層を好んで自生します。もちろん、山砂でも十分な水分供給があれば、繁殖します。つまり、基盤の土によっては、播きゴケ法、追い播き法でも、仮根層の育成がうまく行かない場合もありますので、注意が必要です。

 スギゴケの苗に問題がある可能性もあります。現在、市場に出回っているスギゴケの苗は底の浅い育苗箱で育てられた苗です。培土が少ないために、栽培期間中に仮根層が発達しにくいのです。しかも、大半のスギゴケの苗は1年未満の栽培期間で出荷されています。そんな苗を山砂の基盤土に移植しても、十分な仮根層の発達は期待できないと思います。
 そこで、小生は、日本苔技術協会でバークまたはピートモスと、赤玉土の混合培土を、さし芽箱に4~5センチの厚さで投入し、播きゴケ法で育てることを勧めています。2年ほど培養すれば、仮根層が発達し、移植してもそのまま自生する苗を育てることができます。ただし、このようにして栽培されたスギゴケの苗は現在、流通していません。日本苔技術協会の会員も栽培を始めたばかりです。

 いずれにしろ、スギゴケの倒伏枯死現象は未だ未解明なことが多く、完璧な対処法はないというのが、正確なアドバイスです。写真でははっきり分かりませんので、調べることができたら、2点、調べてみて下さい。
1、スギゴケのコロニーをかき分けて、今年発生した新株があるかどうか。伸びた古い株は緑葉の部分の下に、枯れた葉が付着した茎の部分が見られます。新株は細い茎に緑葉が発生している短い若い株ですから、見分けが付くと思います。
2、部分的に5センチほど、地盤の土ごと掘り出して、仮根層を観察して下さい。スギゴケの仮根は細いクモの糸のように土中に広がっています。掘り出した土を水に浸けて柔らかくほぐすと、仮根が観察できます。仮根層が未発達な場合、栽培土(多くはピートモスや黒土)と基盤土が分離してはがれて来ることもあります。こんな場合は、ほぼ、現状のスギゴケは移植から4年以内で倒伏枯死現象で全滅します。

 こんな程度のアドバイスしかできず、申し訳ありません。
 スギゴケの栽培は難しく、研究を続けていますが、時間がかかります。倒伏枯死現象を防止する方法は、庭造りの際に基盤土を選択し、良質なスギゴケの苗を選択すること、と言えます。また、あらかじめ苔の種を播き込んだ上に、苗を移植するという安全策もあります。
 ですが、倒伏枯死現象を起こしてしまったスギゴケのコロニーを修復する簡単な方法はありません、と言うほかありません。

 参考になったかどうか分かりませんが、お返事申し上げます。
 苔神