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苔の研究レポート

008 苔の質問と応答

平成13年4月に、ユニークな実験に挑戦している方からメールが届きました。

■問合せ: 13/4/6
日本苔技術協会さま
初めてご連絡さし上げております張雅美(ちょうあみ)と申します。
美術作品として苔を使ったオブジェを制作しているのですが、うまく苔が生育しないので相談したくご連絡いたしました。(制作は神奈川県の自宅の反日向のリビングでしています。)
苔を使ったオブジェを作るにあたり、2通りの方法で実験しました。
ひとつは、海外のウェブサイトなどで見かけるモス・グラフィティ(moss graffiti)と呼ばれる手法を試してみました。
モス・グラフィティの作り方:https://www.youtube.com/watch?v=GBsIljmgm7o
これは土を落とした苔に、水、プレーンヨーグルトを混ぜ、ミキサーで粉砕し、これを絵の具のようにして刷毛で壁面に塗り付けると苔が生えてくるものです。サイトによっては砂糖、ビール、凝固剤、小麦粉などを混ぜたりするそうです。苔の肥料としてヨーグルトを使うと聞いたことがあったので、苔、水、ヨーグルトを粉砕したものを塗り付けました。使用した苔は、コツボゴケ、ホソバオキナゴケ、ツヤゴケ、シノブゴケ、ハイゴケの5種類で、テラコッタに5パターン実験してみました。
 
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しかし、3週間ほど経ちますが、苔が生えてくる様子が伺えません。
お尋ねしたいのは、まず、この手法で苔を生育させることは理論的に可能なのでしょうか。苔は根を持たないため、胞子で生殖し、光合成で栄養を作り出すので、理屈としては間違っていないと思うのですが、いかがでしょうか。
また、ヨーグルトはなぜ苔の肥料になるのでしょうか。ネットで調べても理由が見つからず、半信半疑でおります。
ビールや砂糖は糖分として、凝固剤や小麦粉は水分の保持のために混ぜるのだと思うのですが、これらは苔に混ぜる必要があるのでしょうか。
テラコッタは吸水性があるため苔が生えやすいので使用したのですが、これは不適切でしょうか。より適した素材があればご教示いただけますと幸いです。

■応答:14/2/20
張 雅美 様
メール拝見しました。
苔を使ったオブジェの製作、新しい表現方法でしょうか。
ユーチューブを見ました。
ペーストのコケを刷毛で文字描きするのですね。
あれで、コケが生えて来るか、少し疑問ですね。
でも、コケが生成するメカニズムは、基本的に間違っていません。
コケは確かに胞子で増えるものなのですが、人工的に胞子を収集して栽培することは難しいのです。
日本苔技術協会では苔の種を使った苔の栽培を指導しています。
苔の種は、胞子でも、種子でもなく、コケの茎葉体に他なりません。
ユーチューブでやっていましたが、ミキサーで粉砕した茎葉体は、水と光りで新しい芽を出します。
これを栄養体繁殖と言います。
まあ、挿し木で植物を増やすようなものと同じと考えて下さい。
苔の種は、コケの茎葉体を裁断したものです。
ですから、ミキサーで粉砕したものも、芽を出します。
しかし、ヨーグルトやビール、砂糖などがコケの養分になるというのは、眉唾です。
コケは、仮根という弱い根をもっていますが、植物のように栄養素を吸収することはありません。
極端に言えば、コケは水と空気と光で成長します。
水分は、空気中の水蒸気や水分を、葉や茎から直接吸収します。
ただ、水分と共に栄養素を吸収しているかも知れません。
この辺は、確かなことはまだ、分かっていません。
凝固剤や小麦粉については水分保持というよりは、接着のための粘りを出すためではないかと思います。
私は、苔の種をケト土というねばねばした土に混ぜて、板などに張り付けてコケを育てたことがあります。
コケは育ちますが、ケト土が乾燥すると板から剥がれ落ちますので、乾燥防止がカギです。
でも、そうやってコケを育てても、長くはもちません。
いずれ、ケト土は板から剥がれ落ちます。
苔の種を播いてから、発芽して、成長するまで、およそ1年くらい掛かります。
しかも、かなり良好な環境で育てて、の話です。
水とヨーグルトで粉砕したコケをテラコッタに塗って、3週間くらいでは、なかなか、発芽すら見られないかも知れませんね。
コケを育てることは、簡単ではありません。
庭にコケを育てることができる庭師は、日本では数えるほどしかいません。
まして、こけ玉やオブジェに仕立てて、コケを育てることができる人は、ほとんどいないと言っても過言ではありません。
こけ玉は簡単に作れますし、誰にでも作ることができますが、それを育てることはとても難しいのです。
どんな形状であれ、コケを育てるには、水分の供給、光り、温度のバランスが必要です。
このバランスは、コケの種類によって少しずつ違います。
また、コケが芽を出し、育つまでは、1~2年かかります。
写真を添付します。
苔の種を播いてから、9か月です。
 
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今からでも遅くありません、コケを勉強して下さい。
コケを自在に育てることができるようになれば、世界の注目を集めることができるはずです。
オブジェクトの細部が、コケの厚みで曖昧になるという悩みですが、コケの中でも小さいものを選べばデテールを表現することができるのではないかと思います。
例えば、ハリガネゴケやギンゴケなどです。
一つだけ試して下さい。
ハイゴケに少量の水を加えて、ミキサーに掛けてペーストにします。
ペーストを乾燥させ、粉にします。
両面テープにハイゴケの粉を付着します。
片面を板などに張り付けて、水分を与えます。
3か月ほどすると、細かな新芽が生えて来ます。
うまく行くかどうかは、水分の供給次第です。
張さんの疑問にうまく答えることが出来たでしょうか?
また、分からなくなったら連絡して下さい。
頑張って下さい。
苔神工房 北川義一

■問合せ:14/2/20
苔神工房 北川義一さま
さっそくご返信いただきありがとうございます。またご丁寧にアドバイスいただき大変勉強になりました。
苔の種が茎葉体であること、茎葉体が光と水で新芽をだすことなど、苔のメカニズムが理解できました。
ヨーグルトやビール、砂糖は科学的な裏付けはなさそうなことも、教えていただきありがとうございます。
凝固剤や小麦粉は接着剤の役割かもしれませんが、もしかしてヨーグルトも接着剤の役目がありそうに思えてきました。この週末、ヨーグルトの分量を苔と同じくらいにしてミキサーで粉砕し、テラコッタに塗ったところ、以前試したときよりもテラコッタへの付きが良くなった気がします。ただ、水をあげる度、ヨーグルトが流れ出し、剥がれやすくなっています。YouTubeでは屋外の壁に塗っており、おそらく雨ざらしの環境でどうして苔が流れ落ちないのか不思議です。写真はテラコッタの淵にペーストを塗ったものです。
 
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乾燥したハイゴケの粉の件は早速試してみます!
質問ですが、この方法で粉砕したハイゴケを乾燥させる理由はなんでしょうか。粉砕したての鮮度の高い苔を蒔いた方が早く芽が出る気がします。
また、乾燥とはどれくらいの期間、どの程度の湿度で乾燥させるのが適切でしょうか。枯れてしまいそうで心配です。
オブジェの細部を表現する時は、小さいハリガネゴケやギンゴケなどを使ってみます。アドバイスありがとうございます!
北川さんのメールを読み、苔を育てられる方が少ない事に驚きました。ではインターネットなどで販売している苔は数少ない庭師の方が育てたものか、自然から採集してきたものなのでしょうか。好きで触っている苔でしたが、俄然やる気が出てきました。
苔のオブジェを作るにあたり、新しい方法を考えたので今週試してみます。布に粉砕した苔をまき、乾燥防止のためテラコッタに巻き付けて育ててみます。成功するまでには時間がかかるかもしれませんが、がんばってみます。
このたびは突然のメールにも関わらずアドバイスいただき本当にありがとうございます。
まずは、いろいろ試してみます。
張雅美

■応答:14/2/21
張 雅美 様
ハイゴケは完全に乾燥して下さい。
乾燥させないものも、やってみるとよいでしょう。
壁面などにコケを付ける技術は難しいものです。
接着剤でも、水にぬれると剥がれて来ます。
剥がれ落ちない接着剤で、しかも、コケが成長できるものを、多くの方が研究しています。
張さんも研究してみて下さい。
苔神工房 北川義一

■問合せ:14/2/20
苔神工房 北川さま
ご教示ありがとうございます。
ハイゴケは完全に乾燥させてみます。乾燥させないのもやってみます!
苔を成長させるのは難しいんですね。でも挑戦してみます。
アドバイスありがとうございました。